サッカーW杯で 名副審OB廣嶋さん活躍  
  上川主審(左)と握手する廣嶋さん  
   06年、世界が燃えたサッカーの祭典、ワールドカップ(W杯)ドイツ大会。日本代表は決勝リーグ進出を果たせなかったが、その裏で3位決定戦進出を果たした日本人がいた。大会に欠かせない審判団で、その1人が本学OBの廣嶋禎数さん(44)=85年卒、大阪府立長野高校教諭=だった。
 廣嶋さんは、韓国の副審・金大英さんとともに上川徹主審のもと「チーム上川」を編成、予選リーグで2試合審判を務め、決勝トーナメント3位決定戦のドイツーポルトガル戦の審判を任された。決勝トーナメントで日本人が笛を吹くのは今回が初。
 
 廣嶋さんはJリーグ発足時からの副審で、Jリーグ優秀副審賞を最多の4度受賞、94年からは国際副審登録され、国際大会でも副審を務めるワールドレベルの実力の持ち主だ。そんな廣嶋さんは高校でサッカーを教えたいと大体大に進学。大体大では主に学連の仕事に携わり、大学2年で審判員の資格を取得した。学連時代に審判を務めた際、好評価を得たのが審判になるきっかけだという。
 W杯審判の定年は45歳。44歳の廣嶋さんにとってはラストチャンスだった。世界に約2000人いる審判の中から、今大会に出場できたのは主審26人、副審52人の計78人。審判の選考には厳しいテストが課せられた。ショートプリント、四百メートルインターバル走、英語力、オフサイドシーン判定テスト等。審判団も3人1組のチーム制になったため、3人のうち誰か1人でもこのテストをクリア出来なければチームは落選となる。
 ドイツに行ってからも戦いが待っていた。審判団は大会での判定の正確さや審判振りを見られ、決勝前に26チームから12チームに絞られる。つまり決勝トーナメントを担当出来るのは12チームしかない。そこで見事廣嶋さんらのチームは評価され、決勝進出。3位決定戦の審判を割り当てられた。廣嶋さんは「1次リーグだけで帰ったら情けないと思っていたのでほっとした」と振り返った。
 副審は主審と違いプロ制度がなく、仕事を持ちながらJリーグなどで旗を振る。廣嶋さんも高校教員、サッカー部顧問をする傍ら、週末はJリーグの審判という多忙な日々を送っている。「夢はJリーグ審判の定年である50歳まで続けること」と話す廣嶋さん。
 「大体大時代、競技者としては全然だめだったが、それでもサッカーにかかわってきた。プレーヤーとして芽が出なくても地道な努力をしていればどこかでチャンスは巡ってくる」と、後輩の大体大生にエールを送ってくれた。
第5号に関連記事あり。
【高石靖子】
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