企業は君たちを待っている
  本学OB・ダスキン社長
山村輝治さん特別インタビュー
 
   「100年に1度」と言われる不況の中、本学OBの山村輝治さん(52)が4月1日、取締役から”6人抜き“で、株式会社ダスキンの代表取締役社長に就任した。「人がいる限り世の中は動く」「いつもプラスαを持たないとだめ」「企業は体育会系の学生を求めている」など、含蓄のある自信に満ちた言葉が口を突いて出る。物静かでソフトなタイプだが、計り知れない内に秘めた闘志がビンビン伝わる。フランチャイズ制をいち早く取り入れて成功した「ダスキン丸」の舵取りをする山村新社長に聞いた。  
【インタビュー、構成相馬卓司】
―社長就任おめでとうございます。どのような就任挨拶でした?
毎年4月1日は全体会議があり、そこで社長が1時間くらい話をします。イラストレーターに、スーツを着て顔はパソコンの人物の絵を描いてもらい、パワーポイントを使って話をしました。機械は精密、間違いもないし早い。でも与えられたことしかしない。そういう人が一杯集まって来ると成長がない。もう一つ、責任は取らんでええと言うとおかしいかも知れないが、責任なんて大体取れない。「責任とって仕事をします」とか「責任取ります」とか言うけど、「どう責任取るんだ」と聞いたら絶対、答え返ってきいへん。私の責任の取り方はふたつ。ひとつは、収入を下げる。減給や。もしくは辞める。このふたつ以外責任ってないと思う。(今の人たちは)それする気ないんだから。「責任をとって給料を下げてください」なんて誰も言わない。だから(責任を取るなんて)言わんでいい。
―今の若い子たちはどうですか?
真面目やね。ベースとしていいけど、任された仕事しかしない。「これお願い」と頼むと、頼まれたことしか返ってこない。そこにはプラスαがない。頼まれたことに答えただけでは、自分の意思は入らない。そこで「こういったことはどうでしょうか」といった提案が出来るプラスαが必要になります。それがアイデアで、情報として生きてくる。
 20代は何事も吸収する時期▽30代は個人の力を発揮する時期▽40代はチームとして力を発揮する時期▽50代は部下、人を育てる時期だと位置づけています。但しどれも信頼関係が重要です。私は38歳で部長、47歳で取締役といつも最年少でしたが、人事はタイミングもあります。
―大体大に進んだいきさつと学生生活を教えて下さい。
 中一から卓球を始め、当時インターハイで3冠を取った興国高に進み、卓球部に。同志社や京産大などからも誘いがあったのですが、教員になりたかったので、卓球が出来て先生になれる大体大に推薦入学しました。4年間真面目に取り組み、2部優勝の経験もあります。入部した時は4年生がおらず、上下関係はあまり厳しくなかったですね。練習の時の先輩の球が新人の僕より遅い。下手になりました。(笑い)
 学資を稼ぐのに4年間アルバイトをしました。部活を終えてからなので、深夜勤務しかなかった。しんどかったけど、ミスタードーナツでのアルバイトが、良かったかなぁ。時給は500円ぐらいやった。3年のゼミの松村新也先生の淡々とした論理的なところと、卓球部顧問の北川先生の影響を受けました。
 ただ卓球で飯は食えないと思っていたので、4年の時、佛教大学の通信教育で小学校2級免許を取り、卒業して2年半、小学校の講師をしました。でも当時の日教組に付いて行けなかった。メーデーの日は自習にしたり、勤務時間外に子どもたちと何かに熱中していると、「規律を乱す」とうるさかった。もっと、子どもと接したかったのにですよ。職員会議で「特別なことをしてもらっては困る」と横並びを求められました。
―それがダスキン入社とどう結びつくのですか?
 当時の日教組に嫌気がさしたのと、卓球では食えないけど、指導者なら何とかなるのではないかと、高校での指導者の道を探してしている時に、ダスキンに女子卓球部が出来てコーチを求めているという話があり、25歳で”卓球入社“しました。営業部員で顧客獲得が仕事でしたが、セールスはまず、100%断られて当たり前。でもひるんでいたのでは、仕事になりません。何度も何度も足を運び、信頼関係を構築するのです。真面目にコツコツやっていけば、どうにかなるものです。上司の機嫌を取っても何もならない。売上が伸びるわけではないし、上を見て仕事をしたことは一度もありません。
  ―後輩たちに一言。
   人間は環境に左右されやすいので、自ら厳しい環境に身を置くことが必要。継続は力、維持は衰退、志は常に高く持つことです。体育会系の学生は企業に本当に喜ばれます。自信を持って欲しい。教師になれなくても、民間企業が求めるものは、知識、能力よりもまずは体力。体育会系の学生は、上下関係がしっかりしており、節度ある態度と言葉遣いがきちっとしている。民間企業で吸収する意欲と頑張る力が体大生にはあります。そして企業は世の中の役に立つため存在しているということを決して忘れてはなりません。

〈9時の始業時までが自分の時間と、社長になっても出勤時間は毎朝6時50分。かといって、社員に強制しているわけではない。健康のためにと始めた週末の朝1時間(約10`)のジョギングは17年来欠かさない。夜の宴席は出来るだけ
担当役員、部長に任せ、余程のことがない限り午後6時半には退社する。社長はなりたくてなれるものではないし、なったからといって力むことはない。自らの当番(役割)だと思って、任務をしっかりこなすだけと、自然体だ。大体大時代に培われた粘りと、企業人として熟成された自然体の振舞い。これがハーモニーを奏で、社会と企業の調和を目指し、日々新たなものに挑戦する山村輝治像を築きあげている〉
プロフィール
大阪市出身。79年大体大卒。82年株式会社ダスキン入社。04年6月から取締役。4月1日から代表取締役社長。妻と2男1女。

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